私のプロフィール第2話

こんにちは!
リトリーブサイコセラピーという心理セラピーで
人間関係の悩みを解決し
人との関わりが喜びになるためのお手伝い
をしています!
心理セラピスト村田暁世です!
 
(これはいま途中の鉛筆画^^もうすぐ出来る♫)
 
 
さて!今日は
「私のプロフィール第2話」
をお届けしたいと思います^^
 
 
【同じ世界にいない】
 
私の家は「察する」というのがベースでした。
 
家族という同じ世界にいるのに
家の中はみんな「意識」というものが
別々の世界にいてるみたいに暮らしてる。
そこにいるけど、いない
無意識に意識が違うところ
ひとりの世界
 
お互いを見ていない
みんなここにいない
現実に生きていない
 

近づかないで

触れないで

刺激しないで

ひとつの同じ世界にいるのに、孤独を選ぶ

寂しい悲しいはずなのに

本当は求めてるのに

それくらい

求めたら拒絶されそうで

求める事が望む事が怖い

みんな自分の無価値感に触れないように

人に近づくのも近づかれるのも怖い

人が怖い

受け入れてくれたら、行こうかな。。。

(みんなそうやって、

来ることのない日を待っている(´ω`)…)

 
 
その家の中で生きていた私は
 
「意識」が遠い世界において
無意識に発している
 
近づかないで
触れないで
刺激しないで
 
を察することで
「察する」
そして「深く触れすぎない」が身につきました。
 
 
接客の仕事を始めた時に
それは発揮されました( ̄^ ̄)ゞ
空気、雰囲気を読むのは得意で
その場の空間全体や時間感覚というものに
なんとなく360度意識が張り巡ってる。
そろそろこれが必要なタイミングかな。。とか
その空間にいる人に
何か異変があったりするとすぐ気づくし
目を見るとなんとなく分かる。
お得意様なら、なおのこと。
だから要領がよいといえば、よい。
 
しっかり者で気がきく、気配り上手!
(嫌われないよう役に立つぜ!)
笑顔で愛想もいい!
(嫌われないように&人が怖い)
と言われてきました( ̄∀ ̄)
 
でも、同時に私は自分の事はあまり言わないし
周りからすれば、分からない子で
あったのではないかと思います。
 
察するのは得意!
でも、
相手に直接、自分の思いを伝えたり、聞いたり、
コミュニケーションするのは
とても苦手でした( ;´Д`)
 
自分の気持ちを表現する
 
ということに脳の回路が慣れていない。
 
自分の世界にいるから
まともに意思を疎通して会話した事がない。
そもそも自分がないから
自分も相手の言葉もちゃんと入ってこない(;ω;)
 
他人軸で生きてきたから、自分の考えもない。
 
そして
自分は嫌われる存在って無意識に思っているから
相手にどう思われてるか?がめっちゃ気になる。
 
そうして妄想が妄想を呼び
勝手な妄想を広げては、殻に入る。(勝手に)
 
自分からはいかない、求めない、待つ(おいおい)
 
向こうから来てくれたら、
受け入れてくれる人な感じがして(なんでやねん)
ようやく心が少し開く。
 
表面的には楽しくて仲良し
でも基本怖いから、ほんとには開かない。
距離感が遠い。
 
そして恋愛になると。。。
(これはまた後々。。。( ̄∀ ̄))
 
 
 
【現実に生きていない】
 
幼稚園はとにかく病院祭り
(別名、疾病利得祭りともいう…(*´ω`*))
 
アトピーも実はあったんですよ!
言うとみんなが驚くほど
今そんな形跡はありませんが。(両親の力)
 
 
小学校の頃の私も
変わらず身体は弱い方でガリ子。。。w
 
鍵っ子で、家事をし
ひとり図書館が好きで
友達と遊んだりする時間も増えましたが
心に距離。
自分の存在が薄く
(身体がない、意識が身体にない感じ)
どこか自分はここにいなくて
自分を一歩離れた場所で冷静に見てる感じ。
 
とりあえず寂しいから
人の輪にいるような。。。
とりあえずテンションは高く、よく笑う子。
(ピエロ臭w)
 
 
一度寂しさが堪えきれなくなった時がありました。
小学生の時
私は1人、一時期東京に転校して
親戚の家で暮らしていました。
いとこの嫉妬によるいじめ、居場所のなさ
両親に会えない。。。
両親から電話がかかってきた時
思わず寂しい会いたいと泣いたことがありました。
でも会えるわけでもなく、あきらめました。
 
救いだったのは親戚の方が
優しく受け入れくれたこと
転校した学校のみんなとすぐ友達になれて
よく遊んだこと。
転校していく時はみんなが色々してくれた事
今でもよく覚えています(*^^*)
 
 
小学校も中学校も
文章を書いたり、絵を描いたりに没頭。
(小説や漫画をかく)
 
中学高校はますます図書館通いも増え、
精神世界への興味は深まっていました。
(同時に現実離れ…)
中学での部活はガンガンにバトミントン。
この頃には敏感ではあるものの
身体が弱い感じはなくなりました。(運動すげー)
 
 
高校は
絵の学校に行きました。 
 
小、中、高。。。
自分の中に常にある感覚は変わらない
それを必死に感じないようにしている
そのためのフリ(演技)をして過ごしている。
 
今思えば
私はその深い孤独感をずっと抱えていました。
 
 
 
【私の転機】
 
 
そんな高校生活のなかで
私にとっての転機がありました。
 
高校の夏休みに
親戚のいる、とある地方。
仙台に長く過ごしました。
 
ある時、私が仙台へ旅行に行きたい。となり
 
旅行の話をすると
 
父が
 
兄がそこに住んでいるよ。
 
と言う。
 
父が自分には兄がいるとのこと。
 
 
 
その兄とは
小さい頃に別れてから会ってない。
 
私のおじいさん(父の父)はアルコール依存で
おばあさんはうつ。
兄はそれを覚えていましたが
 
父は父が覚えてないくらい小さい時に
おじいさんは亡くなっていました。
 
(なんだかここでも
愛着を感じてはいけないの匂いがしますねぇー( ̄∀ ̄)
 
ずっと連絡をとっていなかった兄。
 
一度消息を調べて
兄が自分に会いにきてくれた事があった事。
 
父にとっては終わったこと
連絡しないし
 
兄も
生き別れになった理由において
自分は親戚に育てられ、
父は施設。
自分の両親を恨み
(父の墓参りも行った事ない、母にも会ってない状態)
父に罪悪感を抱えて生きてきた。
気になっていても連絡するのが怖い。
 
 
私は友達と2人での遠出の旅行であったし
あまり事情も知らない時点でしたが
ただなんとなく
父と兄の繋がるきっかけになるかもしれないと
子供心に思い
 
お兄さんの家にお世話になりたいとお願いしました。
 
そしたら
連絡をとってくれて
お兄さん夫婦の家にお世話になることになりました。
 
その時から
父と兄の交流が始まりました。
 
今思えば、ある意味
父と兄の繋ぎ直しが始まったんだと思います。
絡んでいた糸をほぐすように。
 
 
 
そして、、、
 
 
私の旦那。。。
実はそのお兄さんの奥さんのご紹介!!!!!
なのです!!
 
 
 
 
そこで疑問。。。
 
じゃあ私が会ってた
おじいちゃんは誰なんだYO!(@_@)!!
 
おばあちゃんの再婚相手でした。
 
そしてふと
 
あれ?(´ω`)…
 
そういえば、母親にも
じいちゃん2人おるで。。。
 
ばぁちゃんは、、2人おる。。。やん!!!
(後に3人だと知る。。( ゚д゚)!!
&私に実兄がいるという事実(これ最近だお)
もはや混乱の恐怖w)
 
小さい時はあまり考えたことがなかったけど。。。
 
なんとなく家の複雑さが身近になった
高校生の夏。(爽やかな青春の夏(´ω`))
 
 
 
 
そして
この旅行での出会いが私の転機になります。。。
 
で、なんで仙台かって?
それはもう、若気の至りというやつです( ̄∀ ̄) 
ご存じの方は言ってはいけませんよ♡
つづきは第3話にてww
 
 
 
 
つづく(´ω`)♡
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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