私のプロフィール第5話

こんにちは!
リトリーブサイコセラピーという心理セラピーで
人間関係の悩みを解決し
人との関わりが喜びになるためのお手伝い
をしています!
心理セラピスト村田暁世です!
 
 
今日は先日
に御殿場で撮影してもらった写真を
整理していました^^
オフショットもたくさん♫
一つ一つの写真を見ていると
楽しかった撮影の思い出アルバムでした(//∇//)
素敵な1日でした♡
また少しずつ写真使っていっちゃいますね(๑˃̵ᴗ˂̵)
 
 
 
さて今日は
「私のプロフィール第5話」のお届けです^^
 
 
これまでのお話はこちら→
 
 
 

【自分がない、他人軸な人生】

20代に入っても私は
ただなんとなく生きてることがしんどい。
 
そして
ちゃんと自分のことを自分で考えて
自分の人生設計を描き、行動するのでもなく
自分の人生に責任をもたず
ただなんとなく生きる。
 
自分が嫌い
何もできない自分には価値がないから
何かができる自分になろうとし
独りになりたくないから
居場所を探しても
人が怖いから深くは関わらない
人とうまく関われない
距離感がわからない
 
安心感がない
 
自分が無い
どこか他人事
 
こうならないようにと
恐怖や不安を避ける
死なないように生きる生き方。
 
自分の人生に真剣味もなく
実家から自立するでもなく、
ただなんとなく生きている。
なんとかなるだろうとか
誰かになんとかしてもらえるだろうと生きてきた。
自分で考えようとしない
子供でいたい
他人軸な外側に答えや正解を求める人生。
 
 
 
そんななかで
仙台の親戚や友人を通して出会った
アロマセラピー、レイキ、ヒプノセラピー
そしてチャネリング…
を私は学びながら
それは
自分じゃない特別な誰かになりたかったことや
依存先、居場所探しでもあったけど
なんとかそうして
自分の生きづらさの正体を探していました。
 
 
 
 

【身体は記憶は知っている】

自分が嫌で
生きてるのが嫌で
 
生きる希望も感じない、消えたい
ちょっと何かあれば死にたくなる
長生きもしたくない
(40歳くらいまででいい)
 
逃げたくて
 
30歳になったら、修道女になりたい
って本気で思っていました。
脳みそはだいぶ違う世界にいってた思いますw
 
そして30歳になる1、2年ほど前に
 
「リトリーブサイコセラピー」を知り、

【リトリーブサイコセラピーは

大鶴和江氏 が長年、心理セラピーの現場の中で構築されたオリジナルの新しい心理セラピー

リトリーブサイコセラピーとは?

 
 
30歳の頃に
いきなりうん十万の( ゚д゚)!
リトリーブの講座にポチッ(パソコンクリック)ww
 
うん十万( ゚д゚)!
申し込みも振込もワンクリックです…
 
ワンクリック…
ワンクリックです(何回言うねんw)
 
 
今はリトリーブサイコセラピーですが
その頃はセラピューティックというコース名で
講座も半年間でした。
 
そうして
私はうん十万をワンクリック( ゚д゚)で
リトリーブの講座に通い始めました。
 
 
 
私は毎回ガクブルで
ちびりそうだったのを覚えています( ;´Д`)
(どんな講座やねんって思われてしまいそうですが汗)
それくらい核心を突いていたものであり、
それくらい集団も人も怖かった。
 
 
私のその「怖い」という感覚
 
今まで全く気づかず無自覚なままきた感覚でした。
 
そもそも自分の
「本当に」「本来」感じている感情
そのまま感じることができない。怖い。
 
 
だから
怖いという感覚ももちろんわからない。
 
これが怖いんだ。
というのがリンクしていない。
 
人が怖い
 
この感覚は
自分から切り離し
凍らせて閉じ込めた
 
でも身体は知ってる
身体は記憶している
 
 
だから
 
人が怖い
 
という行動に無自覚にも繋がる。
 
怖いから笑う。
怖いから避ける。
心は近づかないし、近づいてきてほしくない。
 
 
自分の感情や感覚を切って生きてきた
自分が妄想の世界にいて
自分が自分を切り離して
人と接しているなんて気づいてなかった。
 
これが馴染みあり
これが普通で
こういうもので
私はこういう性格なのだと
人生はこういうものなのだと
思っていました。
 
 

【愛着がわからない】

コースに通い
 
私は自分が両親と
 
共依存
 
であることを自覚します。
共依存という意味を初めて知ります。
 
 
そして私には
愛着というものがわからない
愛着が自分のなかに育っていないということ。
 
私は愛着障害でした。
 
 
自分のなかに安心安全基地がない。
自分、人(世界)に対して
安心感、信頼感、永遠性が
自分のなかにない。
 
だから
人に近づくのが怖く
心を開かない
そうして
本当に頼りたい時に人に頼らない、
近づかない、近づかれないようにオーラを出す。
会話のキャッチボールの仕方もわからない。
 
孤独感が
見捨てられ不安が強く
孤独感を感じたくないから
1人は寂しいから
人の中にいながらも
1人の世界で孤独を選ぶ。
 
 
 
愛着
 
それは人が生きていく上で何より大事なもの。
 
人は衣食住が満たされていれば
生きていけるわけではなく
 
愛着
 
人と人との心の絆を結ぶ能力であり
 
体感覚肌感覚で感じる
人肌、心のぬくもりで繋がっている感覚が
必要なんです。
 
この安心感が絶対的な永遠性に繋がり
人が生きていく上での
心の安心安全基地であり、力になります。
 
 
それがどれだけ人にとって大事なものか
 
 
私はリトリーブに出会い
たくさんの人に支えられ見守られて
自分と向き合いながら
私は自分のなかに
この愛着を育てていくことで
自分らしさ
本来の自分が戻っていくなかで
人との関わり、繋がり、
人生が大きく変わっていくことになります。
 
 
 
 
 
 
 
 
つづく^^
 
次回は
共依存や愛着のお話もしながら
どうして私が愛着に傷をもち、
人が怖いに繋がったのか、何が起きていたのか?
それは
私の幼少期の両親との関わりに隠されています。
そんな私のお話をしていきますね。
 
 
 
 
 
 
 
 

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