【心理】あたたかさで繋がる

今日のテーマは
「あたたかさで繋がる」
 
というお話をしていきたいと思います。
 
私もよく「ありがとう」の場面で
「すみません」と言ったり
枕詞みたいに「すみません」って言ってました。
あんまり考えずに言ってもいたように思います。
今はそのような事はなくなりました^^
 
 
 

【ごめんなさいが口癖】

30代後半女性A子さん
夫と子供2人の4人家族です。
 
彼女はパートをしていますが
これまでの職場でもそうですが
とても腰の低い女性
職場では
 
・いつも申し訳なさそうに出勤してくる
・ありがとうの場面でもすみませんという
・頼まれたら嫌でも断れない
・嫌な仕事を押し付けられる
・パワハラに合いやすい
・自分を低くみつもる
・うっかり失敗が多い
・信用されていない
・頑張りすぎてしまう
 
 
彼女は「すみません」「ごめんなさい」が口癖
 
姿勢もいつも背中を丸めたような姿勢で
表情も眉をひそめたような申し訳なさそうな顔
笑顔もどこか申し訳なさそう。。。
 
彼女はミスや失敗も多く
「私こう思ってました。。。」のような
反省しているようなしてないような。
上司がいくら指導しても変わりません。
 
そんな時はますます背中は丸くなり
「すみません…」といいながら
そそくさと去ってしまう
 
そして嫌な仕事を押し付けられやすい。
 
彼女は控えめといえば控えめ
いい人でとても謙虚そうに見えます。
 
 
彼女のその姿勢は
自分の存在自体そのものがすみません…
「こんな私、生きててすみません」
とお腹の底で深く感じているからです。
 
 
 いつもいいなりで
自分をいつも責めているし
「すみません、ごめんなさい、申し訳ない」と
罪悪感を持って
罪人として
自分を下げて生きることで
「すみませんと言っていたら
生きてていい、ここにいていいんです。
 
居場所が得られるんです。
居場所を与えてもらえるような感じがするのです。
 
 
だから、
「すみません」をやめてしまったら彼女は
 
捨てられてしまう
 
生きていてはいけない
ここにいてはいけない
 
この恐怖を感じてしまう。
 
 
 
そして彼女は
それしか人との繋がり方も分からないし
 
罪悪感を持っていたら生きてていい
そんな環境や状況を
無意識に引き寄せていました。
 
すみませんすみませんと必要以上に謝ることで
相手に罪悪感も植えてしまうし
 
罪悪感をベースとした生き方
 
苦しいけど、やめれないんですね。
 
 

【罪悪感で繋がる】

彼女の小さい頃の家族は
罪悪感で繋がっている家族でした。
罪悪感の空気が蔓延していました。
 
 
特に母親は罪悪感が強く
彼女のように、
自分が存在していることを
世間にいつも申し訳なさそうにして
一生懸命補おうとするかのように
家の中でも過ごしていました。
 
彼女は伏し目がちな母親と
あまり目が合うことがありませんでした。
 
彼女の家庭環境は
 
・両親が不仲、仮面夫婦
・父親の躾が厳しい、言葉の暴力
・母親はかわいそうポジション
父親の言いなりだった
・自分の意思を聞いてもらえかった、
言ったら怒鳴れたり、無視されていた
・家庭のなかがいつも緊張していた
 
 
彼女の家族は
 
罪悪感を生きるための原動力としていました。
 
父親はとても横柄でした。
自分のおかげでお前達は生きてると
いつも罪悪感を植え付けていました。
 
母親は家の中でも
外でも
 
自分はこの世に存在する価値がない
ごめんなさい
頑張りますから
生きてていいですか?
ここにいていいですか?
と承認をもらうかのように生きていました。
 
 
 
彼女は家庭環境
そして
特に母親の生き方(脚本)を引き継いでいました。
 
自分も気づけば同じ生き方をしている。。。
 
そうすることで母親とも繋がっている
 
彼女は母親に目を見て、意識を向けて欲しかった
そうして愛してほしかった
 
いつも伏し目がちで避けるような母親であったし
申し訳ないに接してくる
 
彼女はそんな風に思ってないし
そんなことを望んでいたわけでもない
 
母親が大好きで。
 
しかし母親は罪悪感の妄想の世界
彼女の気持ちや現実を見ない。
 
自分の思いは伝わらない。
 
 
彼女にとってそれはどれだけ悲しいことだったか。
 
 
 

【あたたかさで繋がる】

彼女は
これまでの自分の人生、現家族を振り返り
自分の中の恐怖を癒し
そして深くて大きな寂しさや悲しみを
癒していきました。
 
そうして自分が辛すぎて封印した感情を
置き去りにしていた自分を迎えにいきました。
 
自分を大事にする大きな一歩でした。
 
自分という存在は決して
 
すみません、ごめんなさい、そんな存在ではない
下げたり、軽く見る、そんな存在ではない
 
この世でたったひとつの大事な命、存在
 
彼女そのものに価値がある
 
どんな彼女であっても、ここにいていい
 
 
 
彼女の旦那さんは物静かですが、優しい人でした。
彼女に寄り添い、
彼女の心の回復に力をかしてくれました。
与えてもらったあたたかさ。
 
そのあたたかさを
今度は
自分で自分に寄り添いながら与えていきました。
 
そして子供達も
彼女が大好きで彼女のことを思っていることに
彼女自身が
ちゃんと身体が分かるようになっていきました。
今までは
「こんな母親でごめんなさい」って思ってきました。
そんな妄想が解けていきました。
 
 
子供にとって
おかあさんはおかあさん
 
おかあさんそのものが大好きなんです。
 
 
 
 
彼女は新しい人との繋がりを選んでいます。
 
そう、自分でいつからでも選べるんです。
 
罪悪感を持っていなくても
人と繋がることができます
 
そこには
あたたかい繋がりが待っています。
 
 
 
 
 
 
 

 

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