私は私でいい

こんにちは!
リトリーブサイコセラピーという心理セラピーで
人間関係の悩みを解決し
人との関わりを喜びになるサポートをしています
心理セラピスト村田暁世です!
 
 
さて、今日からのテーマは
「私は私でいい」というお話を2回に分けて
お話していきたいと思います。
 
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(日向ぼっこ…)
 
とある女性のA子さん。
彼女にはこんな傾向があります。
 
・自分がわからない
・自分に自信がない
・自分を低くする
・承認欲求が強い
・できてないこと探し
・Noが言えない、断れない
・本音が言えない、いいたいことが言えない 
・決められたことはできるが、
自由に考えられない、行動できない
・どうなりたいかがない
・そもそも自分は間違っている、頭が悪い前提
・いつも笑顔、感情が見えない
・人からの愛情が受け取れない
・自分の意見がない
・いつも不安
・人が怖い
・人と関わるのが苦手
・人のなかに溶け込めない
・見捨てられ不安
・他人軸
・空気を読んで先回りする
・いい子
・自分の世界にこもりがち
・責任感が薄い
・欲しいが言えない
・人の意見に左右されやすい、鵜呑みにしやすい
・若く見られやすい
・やり遂げられない
 
 
そんな彼女のこれまでの人生は
どんなものだったのでしょうか?
 
彼女は一人っ子。
小さい頃は
身体が弱く、幼稚園や学校を休みがち
入院をしたこともあります。
両親は共働きで、鍵っ子。
彼女は家の隅で1人遊びが日課。
何か物語を空想して
ぬいぐるみや人形で遊んだり、
絵を描いたり、
図書館で本を読んだり、
いつも1人の世界に入っていました。 
 
小学校に入ると
友達と遊んだりする時間も増えましたが、
感情は平坦で、どこか一歩ひいている感覚でした。
 
そして彼女は両親の役に立ちたくて
だんだん家の家事をするようになりました。
 
家族みんな時間はバラバラで
一緒にご飯を食べることもほぼありません。
自分の家にあまり帰りたくなかった彼女は
中学に入ったら
部活を始めたり、友達と遊んでいました。
 
両親は仕事で忙しいこと。
気持ちが不安定であること。
時に何もできない自分を責めながら
とにかく彼女は
迷惑をかけたくないとか
負担になりたくないとか
寂しい悲しい甘えたいは言わない、
というか、あるのに無いもののようでした。
家事をしてしっかりを演じ
自分には悩みはないと
大丈夫なフリが当たり前。
そうしていると
母の自慢にもなれました。
 
一度寂しさが堪えきれなくなった時がありました。
小学生の時、
彼女1人、一時期東京に転校して
親戚の家で暮らしていた時
いとこの嫉妬によるいじめでの居場所のなさや
両親に会えないことに、
両親から電話がかかってきた時、
思わず寂しいと泣いたことがありました。
でも会えるわけでもなく、
あきらめ、
寂しさも怖いも
消えたい死にたい気持ちも切り
大丈夫なフリを続けました。
 
彼女は絵が得意
絵を描いてると1人ではないんです。
絵の世界では1人を感じなくてすむ。
転校した時、
絵を描いてると友達がすぐに出来、
人と繋がることができました。
 
 
高校は絵の学校に行きました。
 
そこで彼女は絵の自由さに困惑します。
 
決められたものを描くことは出来ても
自由に描くことが苦手でした。
とても抽象的な絵に終わり、
自分でも腑に落ちないまとまりのない絵でした。
色もアースカラーで消化不良な色使い。
満足のいくことはありませんでした。
 
そして先生に描いてるところを見られるのが
とても恥ずかしかったんです。
 
そのなかで彼女が好きだったのは人物を描くこと、
これは小さい頃から変わらない。
そのなかで好きな描き方は素描。
鉛筆一本でひたすらに集中して描ける。
素描は1番自分の世界に入れるんですね。
 
美術の学校だっただけに
美術の大学への進学は優位でしたが、
絵は好きだけど
彼女にはその気持ちはありませんでした。
 
彼女が好きだった教科は
哲学や歴史、生物の授業。
美術でも美術史が好きで、
絵の物語の背景に心惹かれていました。
 
不安からか
小学高学年の頃から
図書館に行ったりしては
人って
生きるってどういうことなんだろう
と不思議に思っていました。
 
美術の実技の科目より
この科目だけはいつも成績がパーフェクトでした。
ノートや教科書も書き込みだらけで
いくらでも勉強できたんですね。
 
 
高校の夏休みに
親戚のいる、とある地方へ長く過ごしました。
 
そこにいると
その土地の自然に触れ
季節の花を見に行ったり、季節を見にいく。
この土地の人の暖かさ優しさ、触れ合い、
そこにあったのは、
相手に興味を持ち、真摯になり
話をたくさんすること
目を見て話すこと
ご飯をみんなで食卓を囲んで食べること
同じものを見て感じて一緒に過ごすこと。
 
この大好きな土地の
メンタル系の学科に行きたいと思いましたが、
母親の反対に彼女は諦めることを選択しました。
 
 
 
彼女は卒業し、
これからどう生きていこうかわからなくなり、
大好きな土地で暫く過ごしました。
そこは自分にとっての居場所であり、
満たされない空虚感が満たされるような場所でした。
 
そして
帰ってきたらアルバイトを始め、
 
ちゃんと自分のことを自分で考えて
自分の人生設計を描き、行動するのでもなく
自分の人生に責任をもたず
なんとなく生き、
そうやって身体だけが
どんどん大人になっていきました。
 
ただただなんとなく生きてることがしんどいし
自分のことを考えないように
趣味や何かでごまかしたり、
居場所探しをし、
ありのままの自分では不安で
何かができる自分には価値があると
何かをし、
できることは多くても
安心感もなく
根底はぐらぐら
骨がグラグラで肉づきだけが多い
ハリボテ状態。
 
そう、恐怖を不安を中心に
こうならないようにするにはどうすればいいかと
過ごしていました。
 
そんな彼女は笑顔が得意
ごまかす笑顔
ほんとの笑顔とそれは境目がよくわかりません。
いい人を演じ、いつも笑顔。
隠して隠して顔も体も全身ハリボテ。
それすら気づいてない。
これが自分だと思っていたんですね。
 
そんな状態が続き
彼女はどうなったと思いますか?
 
自分を大事にするという意味もわからなく
そもそも自分がわからないということもわからない。
自分の人生に真剣味もなく
実家で暮らし自立するでもなく
ただなんとなく人生。
なんとかなるだろうとか
誰かになんとかしてもらえるだろうと思って
生きていたんですね。
他人軸な
外側に答えを求める人生。
 
 
どこにいったら正解???
 
 
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(幼稚園の時の絵)
 
 
そのまま流されるように過ごし、
時は経て
人生に彷徨って
 
ますます自分でもよくわからない生き辛さは増し、
彼女はセラピーの世界へ入りました。
アロマやカラー、チャネリングやヒプノや…
安心感や軸のない彼女は
ジプシーとなり居場所探しとなりました。
でもそれは大事なきっかけでした。
自分の感覚に触れる、自分を知る、
自分のことに目を向けるようになっていくための。
 
 
 
さてA子さんというのは、
そう、私のこと。
 
そして私は
そんな風に生きてきた中、
 
「リトリーブサイコセラピー」出会いました。
 
 
 
 
続く^^
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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